木の道具にこだわる剣菱酒造

日本酒の古典派 剣菱

永正2年(西暦1505年)創業、現存する500年を超える歴史を持つ酒造会社の一つ剣菱酒造。新しい味わいやタイプの日本酒が数多く発売される今日、あえて日本酒界の古典派を標榜する、その味と造りへのこだわりを、剣菱酒造 白樫社長に伺ってきました。

今年(2020年)で515年の歴史を刻む剣菱酒造さんは、現在の兵庫県伊丹市で創業以来、途切れなくお酒を造り続け、昭和3年に灘へ移転して来ました。その間オーナー家は4回変わっています。現在の経営者である白樫家へは、大正13年(西暦1924年)に引き継がれました。その際に剣菱の味とは何かを考えたと言い、その結果、伊丹の酒らしく味が濃くしっかりしているけどバランスが良い酒質である事を再確認し、時代の変化で味を変えないと決めたのです。そして現在では日本酒の古典派を自認し、最古のブランドとして継続してゆく事を使命として酒造りに取り組んでいるそうです。

剣菱酒造の酒造り

では剣菱がこだわる酒造りとはどんなものでしょうか? 大きな特徴でいうと逆算の酒造りと言えます。勿論どの酒蔵でも目標の味わい香味があり、それに向けた酒質設計の基に酒造りがなされますが、剣菱の場合は目標が変わる事はありません。が、その目標を達成するために、熟成した時の酒質を実現する為に新酒ではあえて粗い酒質、その酒質を実現する為にどの原料米(剣菱酒造さんでは、兵庫県吉川町の契約農家で山田錦・愛山を生産してもらい、また自社で農水省登録の検査機関も持って新米検査を行っている)を、その時の米の状態に合わせてどう云う精米歩合で精米するか。また造りの上では目指す酒質を実現する為、 麹蓋を用いた独特の温度管理で麹を作り、酛立ては山廃酛と、過去から積み上げてきた酒造りに忠実に取り組み再現してゆく事が求められるそうです。そうして醸された原酒は1年から40年‼︎熟成(平均3年弱)されます。その貯蔵タンクの数は300本を超え、年に一度の呑み切りにより その年のブレンドが決められます。その為、剣菱の酒になる過程で精米歩合の異なる原酒がブレンドされる事もあり、法律上ほとんどが特定名称酒では無く普通酒の扱いになっています。ちなみに、アルコール添加(伊丹酒伝統手法の柱焼酎にあたる)する製品には米由来のアルコールを使用しているそうです。

剣菱酒造貯蔵タンク

ずらりと並んだ貯蔵タンク

また、もう一つの特徴は、これら過去から積み上げて来た酒造りを再現するために、2万石を製造する蔵元としては異例とも言えるのが木製の酒造道具を多く使用している事です。

最近でこそ仕込み桶に木製のものを採用する蔵元も増えていますが、剣菱酒造ではまず、自社精米した米を木製の甑(こしき)に和釜で米を蒸し、全量麹蓋で麹をつくり、そして山廃酛で造る酛立てでは木製の暖気樽(だきだる)を使用しています。木製甑を使うのは内面が結露しにくく蒸しあがりが良いから。暖気樽は木製の方が樽表面の温度が安定して長く保たれるからと、木の持つ保温性を生かした先人の知恵を活用しているのです。一方、仕込みタンクは櫂入れに使う櫂は木と竹さおの物を使用しますが、タンクそのものはサーマルタンクを使用して温度管理を行うなど、必要なところはちゃんと近代化に取組んでいるそうです。

剣菱酒造甑

木製の甑。甑の下には和釜が見える

剣菱酒造麹蓋

膨大な数の麹蓋。麹室には温調装置が無いそう

剣菱酒造暖気樽

木製の暖気樽。毎年箍を交換する必要がある

これら木製の道具を使いこなすには、箍(たが)の締め直しや甑の削り直しなど手入れにも相当手間が掛かります。そのため木製の道具を継続して使ってゆく必要から、次に説明する木工所を設立したそうです。

剣菱酒造社内木工所

社外で木製酒造道具を扱えるところが減少して来た為、社外から招聘した職人一人と社員二人で12年前にスタート。現在の木工所の建屋は3年前に建てたもので、社内で使う木製の酒造道具のメンテナンスの他、甑、櫂、暖気樽、半切り桶、お櫃などを製作しているほか、最近では仕込み桶の製造も出来るようになって来たとの事。

剣菱酒造木工所木材寝かしているところ

原材は吉野杉と関ヶ原の杉を使用する

暖気樽の木材

暖気樽の材木。年輪が樽の中心に向かって放射状である事が判る

建物に入って先ず目に付くのが暖気樽用にカットされた木材、そして元材。原材は丸太で購入して製材し、2年間寝かして乾燥させた上で使用するのだそう。お酒もそうですが、剣菱さんは時間の掛る事を厭わないのですね。

作業所内は細長いスペースや高い天井の部分がありますが、これは箍(たが)を作る為に30メートルの竹を割ったり、桶を動かせるように設けられたもの。そして建屋の2階には、荒縄を作る機械が設置されていました。現在菰樽に使われている荒縄はビニール製の物が使われているそうで、現在は藁を使った太い荒縄は作られていないとのこと。そこで、廃業した業者から機械を買い取り、現在復活に取り組んでいるそうです。自称古典派のこだわりはこんな所にも表れているんだと感動しました。

剣菱酒造荒縄作りの機械

荒縄に使用する稲わらは、自社の農業法人で生産した稲のものを使う

日本酒最古のブランドの一つを守る心意気を感じながら、今時の酒ではない日本酒の古典派 剣菱を味わってみたくなりました。

(Text:山路 日出夫)

 

この記事の筆者

日本ツーリズム運営局(オフィスイチヤマ)

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