廃業酒蔵の復興と若き蔵元の思い描く未来とは?(伊東株式会社)
清酒敷嶋の復活
2019年度に清酒敷嶋「0歩目」が発売されました。これは、2000年に廃業により途絶えていた銘柄の復活でした。そして翌2020年酒造年度、清酒敷嶋「半歩目」を発売し、確実に歩を歩み始めました。が、0歩目、半歩目とは何を意味しているのでしょうか? 実は、この2年にわたる製品は、復活蔵の蔵元である伊東 優 さんが製造に直接携わったものの、委託醸造によるお酒でした。そして2021酒造年度、ついに「一歩目」となる自家醸造が開始される予定なのです。
伊東合資会社から伊東株式会社へ
かつて愛知県の知多半島は、江戸への海運に便利な位置関係から、最盛期には230軒の酒蔵が在り、伊東合資会社の在る亀崎でもその頃には20〜30件の酒蔵があったそうです。その中で、伊東合資会社は1788年に創業。本居宣長の有名な和歌「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」にちなんだ「敷嶋」の酒銘で清酒を製造販売しており、自前の船を使った海運を活用し、大正期には中部最大規模の酒造会社に成長していました。酒造だけではなく、お酒の卸し、醤油の製造、銀行の経営まで手を広げる大きな会社であったそうです。しかし近年では他の日本酒メーカー同様需要の落ち込みに抗えず、2000年には酒造免許を返納し酒造会社を廃業していました。その後、現9代目の伊東 優 さんが再興を目指して行動を起こし、2021年3月に他の廃業する酒蔵より株式譲渡によって免許を再取得。晴れて酒造りができる事ととなり、伊東株式会社として復活を果たしました。
若者は、なぜ蔵元を目指したのか。
9代目蔵元となった伊東 優 さんとお会いするのは、当然ながら初めてでした。それは、伊東さんが呟いているTwitterから更に詳しく書かれているnoteの記事を目にしたことがきっかけでした。その記事を遡り読んでいくうちに、やはり造り酒屋であった私の家系の記憶が、ぜひこの人に会って、何故この様な困難な事業に取り組もうと考えたのか、是非お会いして話を聞きたいと背中を押したからでした。
伊東さんの蔵へ伺ったのは、2021年10月下旬のこと。約束の時間まで少し余裕があったので蔵の周りを少し歩いてみましたが、随分大きな蔵である事に驚きました。実は、この蔵は既に人手に渡っていたのですが、奇跡的に取り壊されることもなく残っており、今年の夏に伊東さんが買い戻したものです。
蔵の北側にコンクリート造りの建物が2棟あり、その内の一つに足場が築かれていました。この建物が新しい製造工場(酒蔵)となる建物です。
先の木造の蔵の並びに、古い屋敷(母屋)と店舗・事務所が続いています。お話はこの事務所の中で伺いました。
酒蔵を再興しようと思ったきっかけを伊東さんにお聞きしました。それは、廃業から14年経った時でした。その年祖父が亡くなり、今までこの亀崎の家屋敷や酒蔵とは無縁で暮らしてきた伊東さんの心に、何か火が灯ったのでした。先祖代々暮らしてきたこの母屋はこれからどうなるのだろう?蔵は人手に渡ってはいるが未だ現存している。これらの建物には有形無形の古いものが残っている。せめて母屋は残したい。自分として家を継いでゆく事の存在意義を見直した時、ただ古いものを保存するのではなく、これらを活用したコト作り(体験)に生かして行くことが、自分としての付加価値になるのでは無いかと考えたのだそうです。そして、これらの先祖からの遺産を活用するためのキーコンテンツを家業であった酒造りの復活としたのです。
酒蔵の復活を思い立ってから約3年、現在に至るその道のりは、ここには多くを触れませんが、酒造りの基礎を学ぶ為におせわになった、愛知や山形の蔵元さんや、酒造免許の取得の為に助言してくださった方々、委託醸造に協力してくださった蔵元さんや、そのお酒を売ってくださった酒販店さんの方々など多くの人々の力を得、そして今、これらの縁で知り合った酒造責任者の中原さんと二人で酒造りを再開します。蔵の内部の紹介はこの後で。
酒造り再開〜将来の夢
伊東さんの思いは、先に書いた様に単に酒造りの復興に留まりません。知多半島には200を超える酒蔵が在ったと書きましたが、酒だけではなく、味醂、醤油、味噌など、有りとあらゆる発酵食品の製造会社が集積している地域でした。伊東さんの蔵のある亀崎でもまさに隣の敷地に酒蔵がありますし、屋敷の母屋などを文化財登録したうえで、旅館や飲食、イベントスペースなどに活用して行くことで、日本酒を造っている所を見に行きたい、日本酒の文化を体感したいといったニーズの受け皿として選ばれる様になり、亀崎の町おこしにつなげて行きたいと、まだまだ夢の実現の緒についた所だと語ってくれました。酒蔵の再興に止まらず、さらに先を見据えて夢を語る姿に、日本酒業界の将来への一筋の希望を感じることができました。
伊東株式会社 新蔵を見学2021年
訪問した2021年10月下旬時点では建物の改修がほぼ完成した状態で、酒造設備はまだ殆ど入っていませんでした。
コンクリート造の3階建の建物は、以前酒造りをしていた時に使用していたものですが、今回の再開にあたり2階で洗米から仕込み、醸造、瓶詰め出荷まで行う様に変更しています。
洗米から蒸しを行う、釜場になるスペースです。水を使うので排水用の溝があります。
右手の白い壁は麹室、奥の扉の有る部屋が酛場と仕込みタンクの部屋になります。
麹室は2室に分かれており、内部はステンレスが貼られています。
麹室を挟んで窯場と反対側のスペースは瓶詰・出荷と貯蔵スペースにになります。パストライザーは、水を使うので釜場側のスペースに設置されるとのこと。
今年の暮れには初仕込みが開始されるので、造りが始まったら、また是非訪問してみたいと思っています。
(Text:山路日出夫)
この記事の筆者
日本ツーリズム運営局(オフィスイチヤマ)
日本ツーリズムは日本酒に対する潜在的な需要を発掘すると共に、日本各地の蔵元さんとユーザーをつなぎ、日本酒で地方を元気に、そして日本を元気にして行くと共に、世界へ日本酒の魅力を発信していくことを目指して行きます。
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