菩提山正暦寺の清酒祭に行く

僧坊酒と菩提泉

菩提酛石碑

 

日本酒の歴史に興味のある人は、僧坊酒と言うお酒を耳にしたことが有るかと思う。僧坊酒と云うのは、鎌倉時代から室町時代にかけて寺院で造られていたお酒で、天野酒や菩提泉などがよく知られているのはご存知の通りだ。

元来お寺は飲酒出来ないので、お酒を造ることは無かったはずだが、当時の寺院は神仏合祀で有ったため、お供えの為にお酒を造るようになり、更にお酒による収入や当時の権力者からの庇護を受ける目的でお酒を醸造していたとも伝わる。またそこで生み出されるお酒は大変質の良いお酒だった様で、現代の酒造りのルーツと言えるわけだ

僧坊酒については、室町時代の文献「御酒之日記」にその製造場所と製法について記述があり、今回訪れた奈良県の正暦寺が造っていた菩提泉についても書かれている。

この菩提泉の大きな特徴は菩提酛と云う酛づくりの方法で、現在ではこの方法を復活させた、奈良県の7つの酒蔵による「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」(菩提研)により、毎年一月に正暦寺の清酒祭で酒母(菩提酛)を仕込み、各蔵でこの菩提酛を使用するお酒が醸造されている。また、正暦寺ではこの菩提酛のみを使用した清酒「菩提泉」が菩提研によって復活し、少量が2021年から販売されるようになった。

菩提泉とは

菩提泉の大きな特徴は、菩提酛と呼ばれる酒母造りにある。天野酒でも酒母は造るのだが、菩提酛では酛仕込み用の生米に寺の湧水の仕込み水を加え、その中に「おたい」と呼ばれるご飯を埋め、2日間乳酸発酵をさせる。これにより、「そやし水」と呼ばれる乳酸による酸性の水ができるので、これを酒母の仕込み水に使うことで、雑菌の影響を受けにくく健全な酵母が育つ酒母が出来るわけだ。これにより冬に限らず夏季でも醸造を行った。この乳酸の酸による強い酒母の育成が大きな特徴であり画期的であった。

正暦寺清酒祭に行く

正暦寺へは通常、公共交通機関が無く(最寄駅から徒歩1時間半!)自家用車かタクシーで行くしか無いが、清酒祭の時は往復各3便、バスの運行される。折角の清酒祭なので試飲もあるだろうし、今回はこの臨時バスを利用することにして、最寄りの交通手段である阪神電車直結で行ける、近鉄奈良駅前から乗車することにした。さて、バスの時間は9時7分発、9時37分発、10時17分発とあるが、10時からの清酒祭に間に合うように、9時7分発目指して近鉄奈良駅に向かった。が、バスの時間まで未だ30分近くあるのに、既に長蛇の列が出来ているではないか。

待つこと30分余り、やっと来たバスは、遠目に見ても満員状態。列の前1/3くらいの人がぎゅう詰めで乗ったところで、なんと取り残されてしまった。トホホ。やはりバスは始発から乗ると云う原則を改めて思い知らされ、更に待つこと30分余り、先ほどよりは明らかに空いたバスが来、私の後ろに新に列をなし並んでいた人たちも全て乗ることができた。(振り返って考えると、私は何のために1時間も早く来たんだろう⁈)

正暦寺行き臨時バス

 

そもそもバスが小さい。もっと大型のバスを運行したら。と思ったが、途中の道がまた細く、なるほど小型のバスで運行している訳にも納得しつつ、立ちんぼでバスに揺られること30分、やっと正暦寺前のバス用駐車場に着いた時には、遠目に湯気が立ち上っているのが見え、既に清酒祭は始まっている様だった。

清酒祭

菩提酛蒸し

 

湯気が立ち上っているのは、正暦寺駐車場前に造られた清流庵前の甑だった。この清流庵という設備について詳しくは分らないが、どうやら、そやし水から蒸し、菩提酛での仕込みと酒母の育成ができる設備の様で、建物の前に甑が設えてあり、そこで今まさにそやし水に浸漬された米が蒸されているところだった。

この清酒祭は、先に述べた様に、奈良県の酒蔵7軒による「菩提研」と菩提山正暦寺によって行われている。この時も菩提研の方が菩提酛や歴史などについて解説をされていた。なかでも、菩提元の要になる「そやし水」や、そやし水に浸漬した蒸米を見学者に廻して解説してくれるなどの心配りはありがたかった。

そやし水と蒸米

左側が「そやし水」少し濁って見える。

 

その「そやし水」はさぞかし酸っぱい匂いがするかと思っていたが、ビーカーの淵から匂う程度では、特にキツい匂いでは無かった。しかし、蒸米はかなりのものだ。遠くから甑に近づくにつれ、何の匂いだろうと思っていたのは正にこの蒸米の匂いだった。菩提研の説明ではチーズの様な香りと表現していたが、私的には正に、実家で母が漬けていた糠味噌漬けの糠の匂いに相違なかった。まあ、糠味噌漬けは乳酸発酵に相違無いから、その通りだと実感した次第である。

お待ちかねの試飲タイム

菩提酛清酒祭試飲会場

 

さて、米を蒸すにはあと40分位掛かると言うので、境内に流れる菩提仙川を渡った広場で行われている試飲会場へ向かうことにした。ここで先ず試してみるべきは「菩提泉」であろう。これはここ菩提泉正暦寺において、正暦寺内で収穫された酒米「露葉風」を原料米とし、2021年に復活醸造されたお酒で、菩提酛そのものを搾った、年間500本程度しか造られない貴重な物だそうだ。一杯500円と少々高価だが、この様な活動に係るお布施だと思えば高くは無いと思う。

菩提泉さて、その味はどうか? 先ほど蒸米の匂いは糠味噌そのものだと言ったが、香りはそのままである。それに堪えて味わってみる。皆さんの中で、酒母の味を試してみた方はいるだろうか?正に酒母そのものの、乳酸発酵による酸そのものの味だ。これを本当に名だたる戦国武将が比類無い美酒としてこの酒を感じたのだろうか?おそらく、私見ではあるがこれを酛として、天野酒の様に更に米と麹を掛けて酒を醸したのでは無いだろうかと想像する。

すきっ腹でお酒を飲むのは体に良く無い。次に向かったのは、菩提泉の酒粕で作った粕汁だ。実はあまり粕汁は好きでは無いのだが、この粕汁は美味かった。粕汁を仕込んで下さっている(恐らく?)檀家のおばさま方の味付けが良かったのだろう、出汁と酒粕の風味が具沢山の粕汁を引き立てている。粕汁の他には、「菩提酛旨酒利き酒セット」なるものがある。これは数量限定なので、売り切れる前に購入する必要があるが、菩提研の7蔵元が菩提酛を使って醸した7種類のお酒と菩提泉の酒粕を使った奈良漬とがセットになった試飲セットだ。これも500円だが、内容からしてバーゲンだと思う。それにしても、同じ酒母を使って仕込んでも、これほどバラエティに富んだ味わいになるとは、日本酒は奥が深い。

 

菩提酛試飲セット

 

 

さて、こうしている内に甑の米も蒸しあがった様だ。

 

菩提酛蒸米掘り出し

甑から蒸米を掘り出しているところ。地元の放送局が取材に来ていた。

蔵人が甑からシャベルで蒸米を掘り起こし、それを筵の上に広げてゆく。そして、この蒸米の品温が20℃になったところで順次、清流庵の中に設置された酛桶に投入してゆく。

 

今回の仕込みでは菩提仙川流域で収穫された「日の光」という原料米300 kgを蒸したという。こうして造った酒母を10日から2週間育てたのち、菩提研7蔵が分けて持ち帰り、それが、それぞれの蔵の技術で醸された「菩提酛純米酒」になるのだ。

(Text :山路日出夫)

 

菩提研参加銘柄

 

この記事の筆者

日本ツーリズム運営局(オフィスイチヤマ)

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